お仕事お疲れ様です!いつもお読みいただきましてありがとうございます。嘉麻市のホームページ制作会社『ネクストワンどっとコム』の原です。
今日は、最近Xでよく見かける「AIを使っていません」「手作業でやっています」というアピールの話。その前に、少しだけ名作コピーの話をさせてください。
【大前提】その前に、の、その前に・・・AIは覚えるスキル
そのコピーの話の前に、ココで伝えたい大前提のこと。
それは、ビジネスをしている方は、AIは絶対に覚えておきましょう。業種とか関係ないです。
自分のビジネスとか自分の業種に直接的に関係はない、と思っている、たかをくくってるかもしれませんが、インターネット、携帯電話、LINE、SNSの普及レベルとか比べ物にならないレベルの産業革命がAIです。
今は、なんか「AIを使ってること」へのアンチテーゼ勢が湧いてるけど、そんなのに騙されちゃダメです。
パソコンが苦手とか、AIは無料だけとか、もうそういうのは「リテラシー」の問題として、近い将来、半年後とか1年後には「え、ここ、AIも全然使えない人(会社)なん??」というレベルになると思います。
僕は20代の頃アパレルにいたのですが、やっぱり物質文化に対してのアンチテーゼを掲げている人たちが多かった業界。
当時はWeb1.0位の時代で、携帯電話が普及して、SMSとかが普及し始めた時代。
その時に、斜に構えて「おれは携帯は持たない」「メールは使わない」みたいに言う人が一定数いた。
AI否定派をみると、僕はいつもその時のことを思い出す。
今は、職人気質の人であればあるほど、AIに対して嫌悪感を持っている。
例えば商品の説明とかが「いかにもAI」があることを嫌う。
でも、失礼を承知で聞きたいんですけど、そこって何のこだわりがあるんですか?
AIを使っていないことがポリシー?
「人間の温もり」みたいな抽象的な事に逃げてる本当の理由ってあるんですか?
AIを使わないことがカッコいいんですか?AIを勉強して使えるようになれば「もっと時短で効率よくお客様に価値提供が出来る」「自分のサービスをイメージさせることができる」にも関わらず、あえてAIを覚えず使わず従来のやり方をかたくなに貫く理由ってなんなんですか?
商品も画像があれば伝わりやすい、昔だと数万円とかかかっていたものを月額数千円のサブスクで作れるのに、なぜそれをやろうとしないんですか??
それって【お客様のため、価値提供を与えること】より、自分のチッポケな自尊心とかのため、じゃないですか?
人間の温かみ??いや、それって同列で比較するモノじゃないですよ。そのあたりを、もう一度よく考えてみて欲しいと思う。
今は、AIを使うことのハズかしさ、申しわけなさ、そういうのがあると思うけど、そんなこだわり何の意味も持たないです。
むしろ半年後、数年後には「使っていない、使えない」こと自体が足かせになると思う。
【使うの定義】・・「今日のご飯は?」「これって商品としてどう思う?」とか、画像を作って遊ぶ、とかではなく、ちゃんとビジネスの相棒として使う、という意味で、僕は「使う」を定義しています。
ちょっと長くなりますが、ソフトバンクの孫正義の2023年10月のカンファレンスの話を引用します。これは、僕が昔文字起こしをしたものです。
ソフトバンクのカンファレンスですから、ネットリテラシーの高い方ばかりの会場での話、として聞いてください。
2023年の10月は、僕がAIを腰を据えて勉強し始めて半年ぐらい経った感じですかね。
当時はChatGPTもGPT3.5-turboくらいでしたから、今とはAIの性能、知名度も社会への浸透率も全く違うと思うし、ビジネスをしていて、有料課金すらしていないというのは、「ビジネスをガラゲーでやろうと思っている」位遅れている感じじゃないかと思います。
【孫正義氏、2023年10月のカンファレンス】
この中で、自分の仕事や生活の中、GPT-4を使っているという人は手を挙げてみてください(2023年10月)。
10%いませんね。7%ぐらいのイメージです。
もうやばいと。手を挙げなかった人は、人生を悔い改めた方が良い。
(*ソフトバンクのカンファレンスなので、AIについて非常に興味のある人たちが集まっている会場)
自分自身の人生を、自分がどういう考えで今まで生きてきたんだと(悔い改めるべきです)。
ChatGPTって、何度も新聞にも雑誌にも出ているのに、それを自分自身、毎日活用していないと…
もうそれは、電気を否定するとか、自動車を否定するという様な人たちですよ?
電気が産まれて約150年。自動車が産まれて約150年。
電気を使わなかった国、自動車を使わなかった国が、そのあと産業革命でどれ程遅れたか?
人類の叡智の最も最先端のもの、しかもタダで使える。
それをですね、あるのに手をつけていないと。
手に入るのに手をつけていない。
そんな人生観でいいんですか?と言う事を僕は問いたいと思います。
GPT-4をけなす人は、ハルシネーションがあるだろうと思い込みで、あとは、データのセキュリティーがあるだろうとか、あーだこーだ言う人がいます。
(※ハルシネーションとは、AIがありもしないことを、さもあるかの様に勝手に作り出す現象の事。この孫さんのカンファレンスは、まだ4になって間もない時なので、今はほとんどハルシネーションは改善されています。)
それはね、電気が時々爆発するだろうとか、自動車はぶつかって事故を起こすだろうとか、そのような事を言う人と似ていますね。
新しい文明の進化に対して、色々斜めからケナす知識人とかいます。
知識人のフリをしているだけです。
新しい知識を、自分が本能的にすぐに受け入れられなくて、色々な屁理屈をつけてケナすんですよ。
ケナすことによって、自分が、さも、より知識人であるかのごとく振る舞うんですが、こういう人たちこそハルシネーションだと私は言いたい。(勝手なあなたの思い込み(ハルシネーション)でしょと。)
後で、歴史があなたの間違いを証明します、という事になるわけですね。
自動車がどれほど有益であったか?
電気がどれほど有意義であったか?と。
後で、歴史が物語るわけですね。
使わなかった国と、使わなかった人はどうなったか?ということであります。
ということで、本文をどうぞ。
名作コピーの裏側は、誰も見ていない
人は、結果やでき上がりだけで、すべてを決める。それまでの過程は、どうでも良い。ビジネスであればなおさら「成果物が、対価(払ったお金)として上か下か?」のシビアな世界。
なにも足さない。なにも引かない。
このキャッチコピーが生まれるまでに「どれだけ足して、どれだけ引いて、途中でどれだけわけがわからなくなって、くしゃくしゃになって一旦壊して、また積み上げて、また足して、また引いて」の作業や葛藤があったのか? そんな裏側は、誰も知らない。
ちなみに、このコピーは開高健さんの作だと思われてきた経緯があるけど、書いたのは西村佳也(にしむら よしなり)さん。句集も出している、俳句を詠む人。
「触ってごらん、ウールだよ。」や、高倉健さんの「不器用ですから」も、この人のコピー。
サントリー山崎「なにも足さない。なにも引かない。」(1992年)、ウールマーク「触ってごらん、ウールだよ。」(1975年)、日本生命「不器用ですから」の3本。西村佳也さんは2013年に「コピーライターの名誉殿堂」入り。

で、これは「Because I am a Girl」というキャンペーン(国際NGOのプラン・ジャパン)の、伝説のコピー。書いたのは、こやま淳子さんというコピーライター。
「13歳で結婚。14歳で出産。恋は、まだ知らない。」
・・・こんなコピー、娘を持つ親からしたら、もう泣くレベル、感情移入してたまらないと思う。
Because I am a Girl・・・
その後に来る言葉は、私たちの力で変えられる未来です。(クリック)
いや、もう、完璧かよ……。CTA(コール・トゥ・アクション=読んだ人に次の行動をうながす一言)まで、完璧な流れ。
DRMでは市場調査、顧客の商品情報、ライバルチェックは当たり前。
てか、それをしないとセールレターなんて書けない。
例えば、その商品のベネフィット(商品の魅力、買う理由、選ぶ理由)をセールレターに5個書こうと思ったら、その何十倍のベネフィットを知らないと書けない。その多数あるベネフィットの中から、1番最適解のベネフィットを選んでセールレターに載せていく。
by ダイレクト出版の社長、小川忠洋さんの言葉
このキャンペーンの「伝えたいこと(ベネフィット)」を徹底的に調べ上げ調べ上げ、捨てて拾って、捨てて拾って「13歳で結婚。14歳で出産。恋は、まだ知らない。」が産まれた。
最初から単品で「13歳で結婚。14歳で出産。恋は、まだ知らない。」が出てくることは不可能。
見えないインプットが、成果物に全部出ている
こういうのって、人は成果物にだけ目がいってしまう。
普段の読書量や、インプットや、考えていることなんかは無視される。パッと出てきたように、つい思ってしまう。
でも、西村さんは若いころから俳句を詠んでいたし、こやまさんは無類のマンガ好き。
スティーヴン・キングも
If you want to be a writer, you must do two things above all others: read a lot and write a lot.
If you don't have time to read, you don't have the time (or the tools) to write. Simple as that.
作家になりたいのなら、絶対にしなければならないことがふたつある。たくさん読み、たくさん書くことだ。
読む時間がないなら、書く時間も(書く道具も)ない。単純な話だ。by スティーヴン・キング(アメリカの作家。『IT』『スタンド・バイ・ミー』『ショーシャンクの空に』の原作者)『書くことについて』(原題 On Writing: A Memoir of the Craft、2000年)より
と言ってる。
スティーブンキングも言いたい、伝えたいことは同じと思う。
最初から「13歳で結婚。14歳で出産。恋は、まだ知らない。」を狙う(書くこと)んじゃなく、まずインプット(読むこと)をやれ。成果物(書くこと)を平面に見るな、みたいな感じで置き換えることが出来ると思う。
奇跡的なアウトプット、伝家の宝刀ってのは、大量のインプット(ものを書くなら、まずたくさん読め、ということ)があるからこそできる芸当。アウトプットという成果物だけを見ていると、本質を見失うと思う。
そして大事なのは、名作コピーの作り手は、誰ひとり「これだけ苦労しました」とは言っていないこと。
過程は、成果物に全部出る。だから、わざわざ言う必要がない。今回は、その逆をやっている人たちの話。
最近よく見る「AIを使っていません」アピール

最近Xなどでよく見かける、「AIを使わずに手作業でやっています」「考える部分はAIを使っていません」というアピール。
正直に言うと、ダイレクトレスポンスマーケティング(DRM=読んだ人から直接反応をもらって、それを見ながら売り方を直していくやり方)を勉強している僕からしたら、何を当たり前のことを言っているんだろう?という感じ。
料理人の「塩・コショウ少々」「最後に味を整えて」と同じで、最後に小指で味を確かめるのは人間に決まっている。それを鬼の首を取ったように、錦の御旗のように掲げる「手作業アピール」が、どうにも白々しく感じる。
AIは「部下」と同じ。最初から最後まで管理するのは人間
AIは、言ってみれば、仕事の速い部下や同僚みたいなもの。
部下に仕事を頼むとき、何を作るのか?誰のために作るのか?を決めるのは上司。途中で確かめて、最後に出来を見て、お客さんに出していいかを決めるのも上司。部下がミスをしたら、責任を取るのも上司。
それを「うちは部下に任せず、上司がひとりで全部やっています」と自慢する会社は、たぶん無い。
AIも同じで、人間が最初から最後まで一貫して管理するのは当たり前の話。それが人間の部下か、AIかの違いだけ。
AIは、頼めば何でもすぐに出してくれる。でも、何を作るのかが決まっていなかったり、「何でもいいから、それっぽいのを出して」という命令(プロンプト=AIへの指示文)だったりしたら、出てくるのは使い物にならないものだけ。最初から人間の考えが入るのは当たり前すぎて、わざわざ語るようなことではない。
一番大事なのは「クライアントに価値を届けられるかどうか?」だけ。「時間をかけました」というところに、お客さんはお金を払っていない。
なぜ、わざわざ「手作業」と言うのか?
こういう発言をする情報発信者が後を絶たないのは、発信者自身が、心のどこかでこう考えているからだと思う。
- この対価としてお金をいただく理由は「時間がかかっているから」という大義名分、労働収入型のマインド
- この金額が正しい理由は「時間がかかっているから、人件費がかかっているから」と考えている
でも、ダン・ケネディの本を読んでいて何度も出てくるのは、「価値で売れ」という考え方。僕も「価値提供がすべて」だと思う。
「手作業で頑張っています」「自分で考える工程を入れています」とわざわざ言うのは、
- お客様に「AIを使って10分でできたものに10,000円も請求するなんてズルい」と思われる言われる、と予測した逃げ道。
- 「本来なら下書きからでき上がりまで2週間くらいかかって、それで5,000円だったのに、今では10分でサクサク出来るんだから、それバレたらなんか言われそう」という自分自身への言い訳
みたいな大義名分というか予防線みたいなものだと思う。
でも、クライアントからしたら、10分ででき上がろうが、1時間かかろうが、10人で取り組もうが、成果物がすべて。その人にとって金額分の価値があるかどうか?だけ。これが、シビアな現実。
DRMが分かっていない人は、「時間をこれだけかけたからいくら、人数をこれだけかけたからいくら」という、完全に労働収入型の感覚で仕事をしている。
価値ではなく、「その成果物に、どれだけの時間をかけたか?どれだけの人数をかけたか?どれだけ大変だったか?」でお金をいただいているだけ。
たとえるなら、工務店がこんな宣伝をしているようなもの。
電動ノコを使っているので、大工が手作業をするよりも、はるかに安く提供できます。
当店では、大工歴50年のベテランが、全ての部材を自身のノコギリで切り出します。電動ノコでは、微妙な木のつなぎ目までカバーすることができません。その代わり、大工が手作業で行いますので、納期は未定です。また、すべてが手作業のため、工賃は通常の2.5倍いただいています。
今は電動ノコが当たり前にあるから、こんなことを打ち出す工務店はない。だから、ピンとこないかもしれない。
でも、「AIを使っているから安い」「AIを使っていないから高い」という議論は、これを自信満々に言っているのと同じ気がする。
下のほう(電動ノコを使わない)なら、「いいです、結構です。早くて安いほうがいいんで」となると思う。
つまり、自社のサービスや商品の「価値」「その価値を伝えるための道具(SNS投稿、サイトの構成、イメージ図)」のセンターピンを「AIを使う」「AIを使わない」「人間の手間がかかってる」「本物の写真(この写真は絶対自社オリジナルが良いですが、ここでは例として。)」としている事自体がナンセンスということ。
「価値がつたわる」「価値を与える」手段が、手作業で時間がかかるなら、AIを使うほうがいいに決まっている。
お客さんは「過程」にお金を払わない
価値提供が、すべて。
時間がどれくらいかかったか、逆にどれくらい短くできたか、何人必要だったか、1人でやったか。そういうことで金額が決まるわけではないと思う。
クライアントが求めるものを、どれくらいのクオリティで、締め切りどおりに届けられるか?がすべて。
AIの話だと分かりにくいと思うので、たとえば。結婚記念日のために、楽しみにしていたレストランを予約していたとする。当日、予約の時間にお店に行く。
そうしたら、シェフの奥さんが出てきて、こう言われる。
シェフがあいにく、昨日からインフルエンザにかかっています。本来であればキャンセルのご連絡をするべきでしたが、私が主人にレシピを聞き、昔ここで働いていたシェフの右腕とLINE電話をつなぎながら、なんとか同じものが作れると分かったので、今日は娘たちと一緒にお出しすることにしました。
どれだけ頑張った話を聞かされても、そんな理由はどうでもよくて、
「え、そんな料理ならいいです。帰ります。」
となると思う。
例えば、工務店が
納期に間に合わなかった理由は、任せてた職人が急に3人も辞めたからです。しかし、弊社は諦めませんでした。社長自ら現場に向かい、人が足りない分は知り合いなどに声をかけ、残業を毎日4時間ほどしました。納期までには3日間に合いませんでしたが、なんとか本日、収める事ができました。
となっても、お客様からすれば
大変でしたね。
で、納期よりも3日遅れた分の補償的なモノって、具体的には何がありますか?
がすべてだと思う。
過程や、その過程の間のトラブルや努力は全く料金に含まれない。
「ちゃんと予定通りに、言ってた物を納品しろや」
がお客様の心の声だと思う。
「大変でしたね」・・例えそう言われたとしても、それは額面通りの気持ちではない。
ビジネスでは不履行、履行がすべてで「なにわ節」で許されるような話ではない。
「オドレはサツにでもなったつもりか?浪花節や仁義だけじゃメシは喰えんので!!若衆のシノギを奪うようなことすな!」
これは、あるマンガのセリフなんだけど、スタッフが辞めたから納期が遅れた、病気になったからクオリティが下がってしまった、みたいな苦労話やハプニングはコチラの言い分、言い訳。
浪花節で許されるような、許してくれるようなクライアントなんていない。
もちろん、手打ちそばやオーダーメイドの家具みたいに、手作業そのものをお客さんが求めている商品もある。でもそれは、お客さんが求めているから価値になる。作り手が、値段の言い訳に持ち出すものではない。
つまり「提供する側が考える価値」なんて、クライアントからしたら「どうでも良い話」になる。この現実を知るべきだと思う。
「AIなんだから安くして」という人とは、最初から組まない
AIを使っているとか、使っていないとか、クライアントからしたらどうでも良い話。
で、ビジネスの提供側の方が悩む部分「AIを使ってるんだから(今までより安くしろ)」という層に対して。
これは、切る。でいいと思う。
パレートの法則(結果の8割は、2割の原因から生まれるという経験則)をお客さんに当てはめると、ビジネスの悩みの種の8割は、2割の質の悪い客が運んでくると言われている。
「AIを使っているんだから安くしろ」「AIで効率が良くなったんだから、もう少し安くなるはず」というお客は、こちらが門前払いすればいいだけの話。
僕もAIを使っているけど、「AIを使っているんだから安くしてくれ」という人とは、最初から接点を持たないようにする仕掛けを作っている。初回ミーティングを有料にしているのも、そのひとつ。
AIがないとできないことは、たくさんある。でも、だからといって僕自身の価値が薄れるわけではない。逆に言えば、AIがあるからこそ、ネクストワンどっとコムのコンテンツを届けられている。お互いがWin-Winになると思っているから、僕は手作業アピールをしない。
仮に、僕がAIを使って10分で仕上げたものを、クライアントが高いと思うのであれば、「10分で仕上がるレベルまでAIを育てるのに、どれだけの時間とお金をかけて僕が学んできたと思っているんですか? この金額で納得できないなら、やれるものなら自分でやってみたらいいじゃないですか?」と言える。
YouTuberのカネキンさんがプロのフィジーク選手になったとき、ステロイドを使っているかどうか?という議論があった。そのときカネキンさんは、YouTubeのライブで、こういう趣旨のことを話していた。
プロになったという部分で(ステロイドは当たり前に使う世界がプロ)、それを議論する必要はないと思った。答えを出してるようなモノなのに、なんでわざわざ言う必要がある?なんで答えないといけない??
ホウキにまたがって空を飛んでいる(筋肉のつきようでステロイド使用は明白)ところまで見せているのに、なんでわざわざ「魔法を使ってるのか?(ステロイドを使ってるのか?)」みたいなことを聞いてくる本質の分からない人間を相手にしなければいけないのか?もう、答え今出してるじゃん。それを見ても分からないの?、みたいな(笑)
こちらがビジネスで効率化を図っていることにイチャモンをつけてくる人は、そもそも「自分たちのお客じゃない」とふるいにかけたほうが良い。
AIを使うことは「ズル」ではなく「企業努力」と思えるか、そこを堂々と伝えることが出来るかどうか、という僕たち側のマインドの問題。
AIを使おうが、人数がかかろうが、時間がかかろうが、価値提供がすべて。
「AIを使ってズルい」「今まで人数や時間がかかってたからこのお金出してたけど、AI使ってるなら安く出来るやろ」みたいな層は、もう、切り捨てるほうが精神衛生上良い。
その層を切り捨てたら売上が上がらない、という人(会社)は、シンプルに【商品やサービスに価値がない】か【価値を伝えれていない(DRMをしていない)】のドチラか。
前者なら【価値】を考えるべきだし、後者なら【DRMで伝える】ことをすればいいだけ。
これは、ネクストワンどっとコムの理念に書いていることと同じ。安売りで打ち出すから、値切る客しか来ない。打ち出し方が、来る客を決める。
「AIだから安い」も「手作業だから高い」も、値段の理由を作業量に置いた時点で、作業量で値切る客を呼んでしまう。
比べてみると、答えは出ている
「弊社はAIを全く使っていません。だから手間も時間も人員もかかるので、料金は今まで通りになります」と言う。こういう打ち出し方しかできないなら、集まるのは作業量で値段を比べる客だけ。
見直すべきはAIではなく、自分たちのマーケティングだと思う。
ここは僕たちは自覚したほうがいいかなと思う。
目指すべきは、自分が信じるものを信じる人とビジネスをすることだ
by サイモン・シネック (2009年のTEDトーク)
お客様は自分の鏡
by 日本のビジネスでよく使われる格言
値段のことばかり言う人、クレーム気質の人。それを引き寄せてるのは自分自身のメッセージだという自覚を持つほうが打つ手はたくさんあると思う。
A AIを使って、「質」「量」ともに従来の数倍の成果物を、今までの半分の納期で届ける
B 従来どおり、人も時間もかかり、量は少ないけど「質」が良い物を届ける
AとB、お客様に「価値を提供する」という部分で言えばAが良いに決まっている。
AIを使うとか、DRMでメッセージを伝えるとか、ホームページにお金をかけるとかは、企業努力の手段。
変なコダワリ、勉強不足で「AIの力を何も借りてない」というのは、ベクトルが自分(自社)に向いてる証拠。Bのままで良いお客様が本当にいるのか?が答えだと思う。
冒頭のコピーライティングの話と同じで、成果物こそすべて。
クライアントにとっては、どれくらい時間がかかったのか?どれくらいの人数を使ったのか?はどうでもよくて、シンプルに「対価として払ったお金の約束どおり、納期までに、自分たちの望むものを作ってくれたかどうか?」がすべてだと思う。
待ち合わせの約束と同じで、結局は「来た」か「来なかった」かの2択。それまでにどれだけ悩んだかは、相手には関係ない。
このブログも、補助金の回覧板も、AIで書いている
ネクストワンどっとコムは、DRMをみんなに知ってほしいという気持ちと、AIを電動ノコと同じくらい当たり前に使えるようになってほしいという気持ちで、基本的に手の内を見せている。
だから正直に言うと、下の3つは、どれもAIを使って書いている。
でも、何を書くか、誰に向けて書くか、どの資料と照らし合わせるか、どこで止めるかは、全部僕が決めている。自分の口ぐせを覚えさせて、SEO(検索で上に出してもらうための工夫)を意識して、AIっぽい言い回しを抜く。そこまで管理するのにどれだけ手間がかかるか?は、ほとんどの人には見えないし、見えなくていい。それは、提案する僕の側の問題だから。
例えば、筑豊の社長が「ブログ集客 出来ない お店」「ブログ集客 やり方」というキーワードでググったときに検索上位に来るために僕はこの記事を作っている。
この記事を読んで「役に立った」「役に立たない」が「価値を与える」ということ。

「AIで書いた」「ネクストワンどっとコムの人間が手作業で書いた」での価値は決まらない。
読んでもらうと分かるけど、AIぽくないと思うけど、これこそが僕のサービスの「価値」ということ。
そして、これを作るまでに、時間とお金をどれだけ使っているのか?という部分。
AI勉強して時間かけても、このシステムは作れないでしょ、だって頭脳は僕だから、というオンリーワンの要素がふんだんにあるから【時間をかけずに出来るようになった】そのものが価値を持つ。
そして
「そんな短時間で記事が書けるんだから、もっと安く出来るやろ!」
という人は、そもそも僕は相手にしないということ。
「そう思うなら、僕がズルいと思うなら、自分でAI勉強してこのクオリティ出せばいいじゃないですか?(間違いなく出来ないけど)」
なんですよね、結局のところ。
稼ぐ為には「時間を使う」「お金を使う」「自分のリソース(頭脳と体力)を使う」の3種類しかない。
圧倒的に知識の詳しい人に「お金を使ってやってもらう」のが嫌であれば「自分のリソースを使って時間を使って」それと同等のものをつくれば良いだけの話。だから、堂々と「AIを使って効率化しています(言わなくてもいいけど)」といってもいいんです。
たぶん、僕のネクストワンどっとコムのすべての仕掛け、AIがどこまで入ってるのか?みたいなのは、僕が言わなければ、誰も気にしない。冒頭の名作コピーと同じで、読む人が見るのは成果物だけ。
だから、「AIを使っているからズルい」とか、「AIで手間が減ったから、もう少し安くしようか」とかは、まったく考えなくて良いと思う。
- 名作コピーの作り手は、苦労話をしない。過程は、成果物に全部出ている
- 「AIを使っていません」は、当たり前のことを看板にしているだけ
- AIは部下や同僚と同じ。最初から最後まで管理して、責任を取るのは人間
- 手作業アピールの正体は「時間がかかるから高い」という、労働収入型の言い訳
- お客さんがお金を払うのは過程ではなく、約束どおりに届いた成果物
- 「AIなんだから安くして」という人とは、最初から組まなくていい
- 打ち出し方が、来る客を決める。作業量で値段を語れば、作業量で値切られる
AIは、これから電動ノコのように当たり前の道具になっていくと思う。使うか、使わないかで悩む時代は、もうすぐ終わる。
大事なのは、その道具を使って、今まで以上の価値をお客さんに届けること。そして、その価値を分かってくれる人にだけ届くように、打ち出し方(マーケティング)を組み立てること。
労働収入ではなく、価値提供こそすべて。それがビジネスだし、ダイレクトレスポンスマーケティング(DRM)の考え方だと僕は思う。値段の決め方から見直したい社長は、料金と、その決め方ものぞいてみてください。
お読みいただきまして、ありがとうございました。健康第一、笑顔で頑張っていきましょう。
それではお仕事行ってらっしゃい!



