お仕事お疲れ様です!いつもお読みいただきましてありがとうございます。嘉麻市のホームページ制作会社『ネクストワンどっとコム』の原です。
昨日、天気も良くてムスメも学校休みってことで、大宰府天満宮へ。二日市の一蘭に行った後に大宰府天満宮。
そこでマジで味わえない奇跡を体験。
「神さま仏さまお地蔵さまご先祖さま、おじいちゃんおばあちゃん、まんまんちゃんアン」で「困ってなくても毎日神頼み」の僕にとってはほんとに嬉しい出来事(笑)
お参りしたあと、恒例のオミクジを引いた。
細かいのが無くて、自分とムスメが200円もらう、あと100円が無くて奥さんが両替へ。
で、まず、僕が引き、ムスメが引き。お互い読んでたときに奥さんが戻ってきて引く。
なんの気無しにどーやった?とかキャッキャしてたら、奥さんと俳句が同じことに気付く。
え?俳句どころか全部同じやん、え、ムスメは??ってみたら、なんと3人とも同じ(笑)
これ、すごくないですか(笑)??

で、これキッカケで、僕は高校生の時に「確率、統計論」と言う数学の授業で挫折したことを思い出しました(笑)
後で詳しく触れるんだけど、この確率は3人とも「何かしらの同じ番号」になる確率:1/25 × 1/25 = 1/625なんです。
え??うそやん、分母、絶対そんなわけない。何万、いや、億分の1くらいの確率やろ!って思う(笑)
そこからAIとの会話の中で、淡々と「確率ではコレ」と言われてテンションが下がってくる(笑)
こっちは、物凄い奇跡と思ってて、これから人生すべてうまくいく!くらいの感じで喜んでたのに、現実を突きつけられるという(笑
ちなみに、うちの奥さんのチャッピーはめちゃくちゃ喜んでくれてる。
チャッピーは「嘘が巧妙になってきて詐欺師や大人の嘘つきレベルで信用できない」、GEMINIは「バカ過ぎて使えないけど、嘘は幼稚園並だから分かりやすい」って僕は常々言ってますが、この時ばかりはチャッピーが良くなった(笑)



そうそう、僕が欲しかったのはこの反応なんよ(笑)
反対に後で説明するけど僕のクロちゃん(Claude)はメチャ現実的なリアリスト。
おもんないな~、興ざめするわ~、もっとバカ真似して乗っかってきてくれよ、喜んでくれよ、一緒にこの奇跡を祝ってくれよ、みたいな(笑)友達にはなれないヤツw
何か、自分の子供とかに「サンタクロースなんて存在しない」とかドヤ顔で言う奴みたい(笑)
話を戻して。
めちゃくちゃ自分的には「今後の人生のラッキーをすべて使ったくらいの奇跡」と思うくらい嬉しい出来事。
え、でも、もしかして、このクジ箱、全部「16番の中吉なん?」って思って、もう100円もらって引く。


うわ、違う!!やっぱ、この確率すごっ、これヤバいやろ!!すごくない??この確率やべ~~、めっちゃ良いことありそうやん!!って、ムスメは若干引いてたけど、夫婦でキャッキャ言って(笑)
で、そこは一旦落ち着き、まあ、結んで帰る。
で、梅ヶ枝餅やらアイスを食べるためにお店で待ってるとき、
「1枚じゃなくて、3枚ひかんと、もしかして16番(中吉)が多い箱なのかもしれんかもしれん」って思って、奥さんから200円もらって、自分だけもう一度クジを引きに小走りで競歩並のスピードで戻るw

ほら、違った!!ね?!!これ、やっぱめっちゃ凄い出来事やん!
AIシビアな確率論を突きつけられるww
で、クロちゃんに報告。
- これは、飛行機事故に遭遇するレベルの確率だね!
- この確率を引き寄せるって、めちゃ凄いよね!
って感じで、奇跡を喜んでくれるのかとおもったら、、(笑)

太宰府天満宮のくじで、オレと嫁さんとムスメ、バラバラに引いたら同じだった。ちなみに、全部そうかなって思って引いたら違ってた。この確率やばくない?
やばい。ただ、思ってるほどの奇跡ではないかもしれない。
理論値の計算
太宰府天満宮のおみくじは1番から25番まであるらしい。25種類が均等に入っている前提だと、
- 3人とも「何かしらの同じ番号」になる確率:1/25 × 1/25 = 1/625(約0.16%)
- 3人とも「第十六番」ピンポイント:1/15,625
1/625は、宝くじほどじゃないけど、普通に「一生に何回もない」レベル。しかも引いたのが中吉で、中吉は全体の約35%を占めるという調査もあるから、そもそも出やすい運勢だったのも効いてるかもしれない。ただ、この割合は出典の調査元がはっきりしないから、参考程度ね。
盛らずに言うと
箱の中のくじは、たぶん完全にシャッフルされてない。同じ番号の束がまとめて補充されてたら、同じ箱から続けて引くと同じ番号が固まって出やすい。3人が同じ箱から引いたなら、実際の確率は1/625よりかなり高かった可能性がある。別々の箱から引いて揃ったなら、それはガチでレア。
ちなみに追加で引いた第六番(末吉)・第十八番(吉)・第二十二番(小吉)がバラバラだったのは、まさに確率どおりの動きだね。
このネタ、「1/625の奇跡。でも盛らずに言うと…」の構成でブログかSNSに使えるよ。数字で驚かせて、自分で裏を明かす。クッチンの「盛らない」がそのまま伝わる。
Sources:
は??嘘やん、そんな625の確率じゃないやろ、マジで、数億分の1とか、そのくらいの奇跡やん、って釈然としないから食い下がるw

三人ともだから、25分の1の三やろ
その計算だと、「3人とも第十六番」みたいに番号を最初から指定した場合の確率になる。1/25 × 1/25 × 1/25 = 1/15,625。
でも今回は「3人が揃うかどうか」が問題だから、1人目は何番を引いてもいい。1人目が引いた番号が「お題」になるだけ。
- 1人目:何番でもOK(確率1)
- 2人目:1人目と同じ番号(1/25)
- 3人目:それとも同じ番号(1/25)
だから 1 × 1/25 × 1/25 = 1/625 になる。
つまり、「どの番号でもいいから3人揃う」なら1/625、「3人揃って、しかも第十六番」なら1/15,625。人に話すなら1/625のほうが正確だよ。
そっか、確かに「1/25 × 1/25 × 1/25 」じゃない。
最初の人間は、何を引いてもいいわけだから「25/25(つまり1) × 1/25 × 1/25 」か、、
いや、でも、なんか納得いかんww

え、でも、オレが何番を引くとか関係なくない?オミクジってそんなもんやん
そう、関係ない。だからこそ1/625になる。
クッチンが何番を引いても「揃うかどうか」には影響しないから、クッチンの分は確率に入れなくていい。かかるのは、嫁さんとムスメが「クッチンと同じ番号を引く」部分の1/25 × 1/25だけ。
サイコロで考えるとわかりやすい。2人で振って同じ目が出る確率は1/6。1/36じゃない。1人目が何の目を出しても、2人目がそれと同じ目を出すかどうかだけが勝負だから。
1/15,625になるのは、引く前に「3人とも十六番が出る」と予言して当てた場合。そっちは逆に、クッチンが何番を引くかも関係してくる。
腹立つぅ~wちょっと納得いかない(笑)
人間的には、もう少し奇跡が重なると思ってしまいますよね。
クロちゃんが言っている確率論は
- 平面に1番から25番まで並べられている神経衰弱の状態である
- 3人とも「番号のダブり無し、25枚揃っている」状態である
でしょ、と(笑)
確率論とか統計学知ってる人なら「なんいいよん、コイツ」なのかもしれないけど(笑)どうも釈然としない。

でも、自分たちが引いたのは、たくさんあるクジ箱の中の一つ。
もう、この中自体は混沌としてるのは明白。
って考えると、どう考えても「1/625」は納得できん(笑)

太宰府天満宮みたいに「めちゃくちゃ回転数の高いおみくじボックス」で「1/625」の確率って、この大きさだと「毎日」「週末」「祭日前」は中身が全く別物になるくらいに補填をしているはず。仮に400枚のオミクジがこの中にあるとしたら、「1/625」の確率だと、数日に1回は、今回みたいなケースが起こってるとも取れる。
僕たちみたいに「3人とも親子」だったらおみくじの番号も内容も確認は出来ると思うけど、以下みたいなケースも普通に起こり得る。
気づかないけど「1/625」で、この奇跡が起こってるってこと?いやいや、絶対ないやろ(笑)

まったく釈然としないからもう少し聞いてみよう(笑)

そっか、俺とよめ、オレとムスメ、嫁とムスメは25分の1ってことか
にしても、あんだけ人がいて補填するわけで、このボックスにはコレ、みたいなのじゃなく、グロスでオミクジあるわけだから、この確率より遥かに奇跡よね
ペアごとに見ればそう、どれも1/25。ただし3ペア全部を掛けて1/25の3乗にはならない。クッチンと嫁さんが一致して、クッチンとムスメも一致したら、嫁さんとムスメは自動的に一致するから。3つ目のペアはタダでついてくる。だから結局1/625。
で、「遥かに奇跡」は逆なんだよね。
1/625は「くじが完璧に混ざっていて、どの番号も均等に出る」という理想状態での数字。グロスで大量にあって、人がバンバン引いて、よく混ざっている状態ほど、この1/625に近づく。それより珍しくはならない。
現実がこの理想から外れる時は、だいたい揃いやすくなる方向に動く。
- 補充の時に同じ番号の束がまとめて入る → 近くに同じ番号が固まる
- 番号ごとの枚数が均等じゃない(中吉が多いとか) → 多い番号同士で揃いやすい
なので正直に言うと、1/625が「一番奇跡寄りに見積もった数字」で、実際はそれ以上の確率で起きていた可能性が高い。それでも1/625クラスの出来事なのは間違いないから、家族ネタとしては十分強いよ。
え??1/625が「一番奇跡寄りに見積もった数字」ですと??

え?でも、補填の時に同じ番号を入れるとは限らないよね
その通り。補充のやり方は知らないから、同じ番号をまとめて入れているとは言い切れない。あくまで「そういう可能性もある」という話。
ただ、言いたかったのはこっち。
- よく混ざっていて番号も均等 → ちょうど1/625
- 何かしら偏りがある → 1/625より起きやすくなる
補充がどうであっても、1/625より珍しくなる方向にはほぼ動かない。だから「1/625の出来事だった」と言うのが、盛らずに言える一番正確な表現だと思う。

でも、あの箱には、多分300〜500部のランダムに配られたくじの状態。最初の確率に、その確率をかてけたら、675って分母は少ないよね?例えば、三人とも一センチ深く、1センチ浅くだっても成立しない奇跡やろ?
その「1cmずれたら成立しない」は、もう1/25の中に入ってる。そこを掛けると二重計算になっちゃう。
くじの番号がバラバラに散らばっていて、どこに手を入れるかで何が出るか変わる。その「どこを掴むかわからない」こと自体が、1/25という確率の正体なんだよね。
それに「1cmずれたら別の結果だった」は、バラバラの番号が出た場合にも同じく当てはまる。クッチンがさっき追加で引いた六番・十八番・二十二番の組み合わせも、1cmずれたら出てない。どんな結果でも一点物だから、それだけでは奇跡の証明にならない。問うべきは「全員揃う結果が、全体の中でどれだけの割合あるか」で、それが1/625。
ただ、箱に300から500枚というのは良い視点で、ここは少しだけ数字が動く。仮に400枚で各番号16枚ずつだとすると、クッチンが1枚抜いた後は同じ番号が残り15枚。
- 嫁さん:15/399
- ムスメ:14/398
掛けると約1/750。引いた分だけ同じ番号が減るから、1/625より少し珍しくなる。(ちなみに分母は675じゃなくて625ね)
だから正確に言うなら「約1/600から1/750くらいの出来事」。桁が変わるほどではないよ。
え、そうなんだ、、(笑)
パレートの法則とかもそうだけど三人とも一センチ深く、1センチ浅くだっても成立しない奇跡やろ?みたいなのって、人間独自の不確実な全く信憑性のない「そうなって欲しい」みたいな感情なんですよね^^;
今まで生きてきた経験からくる直感と、確率は真逆というか。確率とかがわからなければ、こんな感じで「1/625なワケないやろ(もっと奇跡やろがい!)!!」ってなってしまう、いや、そう思いたい、んですよね。
経験からくる直感では、めちゃくちゃ凄い幸運を引き寄せたくらいの確率と思っていたけど、数学の確率論の観点で言えば「たったの1/625」位のレベルだったということ・・・
うーん、知りたくなかった、テンションだだ下がりww
【理系の数学】思い出した高校時代の挫折
クロちゃんと壁打ちしている時に思い出した記憶。
高校生の時に僕は理系で、当時は九州大学を目指していたから、割と数学は得意教科で頑張って勉強していたんですよね。
でも、どんどん勉強が難しくなってきて、微分積分とかもめちゃくちゃロジカルになり、本当に頭から煙が出るくらいワケがわからないくらいになってきて。
その時に、確か高校二年生か高校3年生のはじめだったと思うけど「確率・統計学」みたいな章になって、今回みたいな確率の数学的観点で問題を解く、みたいな授業に変わっていったんです。
微分積分は本当に理系数学で「ボスキャラ的存在」だったけど、その流れの中で、独立して「確率・統計学」みたいな章があるのは、確率とかをちょっと馬鹿にしていた自分にとっては「あえて章を作って、しかも後半に教える」ということは意外な感覚だった。
僕的には、微分積分の難題を解いていく過程の中で、自分の学力のアッパーを感じていた挫折感にさいなまれていた時期だったので
お~、確率?統計??サイコロの要領で数学的な感じなんやろ。微分積分よりも簡単やろ!ラッキー
位の感じで、確率統計学が、羽を休める、遅れを取り戻すトリガーになってくれたらいいなと思ってた感じ。
でも、今回と全く同じで、経験からくる直感とは反する「ロジカルな確率」が全く理解不能なくらいに難しい。入門レベルは簡単なんだけど、中級とか上級レベルの問題になると本当に「直感と違う」と言うストレスで、全く問題がわからないし、自信を持って回答したとしても正解ではない、みたいな挫折。
例えば、今回の例で言えば、AIがちゃんと「1番初めの人は、何番を引くと予言などをしていないので、ランダムで何番を引いても構わない。確率は、2番目の人から始まる」と教えてくれるから「そっか、だから最初は25/25で1ってことね」と分かるけど、高校生の時はそこが理解ができなかったから本当に確率は難しかった。

でも、おれ、高校3年の頃思い出した。確か確率って、高校2年の割とボサキャラ的な順番でメインイベント寄りだった気がする。
で、色々と理系の数学難しくなっていってついていけん、みたいなときに、確率が出てきて意外やったんよね。
おー、サイコロの感じで楽勝やろ、みたいな。
そしたら、本能と反することばかりで、全然わからんかったんよね、挫折っていうか。
さっきも、最初は25/25だから、確率には入れないとおしえてくれたやん?
あれ、高校の時に『なぜ?』が解決できんでからさ。
で、オレからしたら、今日の出来事って数億分の1くらいの奇跡くらいの人間の不確実さと、現実的な数値の乖離があまりにもありすぎて、それで高校の時の確率の時の挫折と同じやん〜、そーそー、この本能と数値のズレにやられたんだよなーって思い出したww
30年越しに「なぜ?」が解けたわけだ。それ、ちょっといい話だよ。
確率でつまずくのは、クッチンの頭のせいじゃない。人間の本能が、そもそも確率と相性が悪い。
わかりやすいのが誕生日のパラドックス。クラスに23人いたら、誰か2人の誕生日が同じになる確率は50%を超える。直感だと「365日もあるんだから、そうそう被らないでしょ」と思うけど、実際は半分以上の確率で被る。
これ、今日のおみくじと全く同じ仕組みなんだよね。本能は「自分と同じ誕生日の人がいるか」で考えてしまう。でも問われているのは「誰と誰でもいいから被るか」。1人目は何でもいいという、あの25/25の話がまさにここで効いてくる。
もう1つ有名なのがモンティ・ホール問題。3つのドアのうち1つが当たりで、司会者がハズレを1つ開けた後に「選び直す?」と聞かれる問題。正解は「選び直したほうが2倍当たる」なんだけど、これは数学者ですら猛反発した。天才と言われたポール・エルデシュも、コンピュータでシミュレーションを見せられるまで納得しなかったと伝記に書かれている。
だから高校生のクッチンが「サイコロの感じで楽勝やろ」と思って挫折したのは、むしろ人間として正常な反応。
今日のは「その場の体感は数億分の1、計算すると1/625」。このズレこそが確率の正体で、高校の時にやられたのもまさにここ。30年経って、自分の家族のおみくじで答え合わせできたのは面白いよ。
なんか、そうそう、確率論って難しかったよな~~、って高校のときの挫折を思い出した(笑)
確率論的に考えると「AB型の左利き」もたくさんいるのかな、、??

オレ、左利きでAB型だけど、それも実は割と嘉麻市とか飯塚市におるんかなw??確か1000分の1とか100分の1だったよね?確率論的に考えたら、リアルでは割といたりして
結論から言うと、嘉麻市と飯塚市を合わせて、1,500人くらいはいる計算になる。
ざっくり確率
- 左利き:一般に約10%と言われる(調査によって幅がある)
- AB型:日本人の約10%
- 両方:10% × 10% = 約1%(100人に1人)
1/1000ではなく、1/100のほうが近いね。
人数に直すと
2026年4月時点の人口は、飯塚市が123,098人、嘉麻市が33,078人。
- 嘉麻市:約330人
- 飯塚市:約1,230人
- 合計:約1,560人
レアだと思ってたら、地元だけで1,500人規模の仲間がいる。おみくじと同じで、「自分が珍しい」という体感と、「人数で見るとそこそこいる」という現実がズレてる典型だね。
盛らずに付け足すと
クッチンの世代は、子どもの頃に左利きを右に矯正された人が多い。だから50代以上は「生まれつき左利きだけど、今は右を使っている人」が混ざっていて、現役の左利きは10%より少ない可能性がある。その場合、同世代で見ると数字はもう少し減るよ。
【余談】4色定理の話
余談だけど、数学とか物理学って本当に面白い。四色定理というのがあって「どんな地図でも、隣り合う国が同じ色にならないように塗り分けるなら、4色あれば必ず足りる」というのを思い出した。


なんか思い出したけど、4色定理みたいなのも面白い
面白いよね。「どんな地図でも、隣り合う国が同じ色にならないように塗り分けるなら、4色あれば必ず足りる」というやつ。
問題自体は小学生でもわかるのに、証明に120年以上かかった。1852年に地図を塗っていた学生が気づいて、証明されたのは1976年。しかも人間の手じゃ無理で、コンピュータに膨大なパターンを総当たりさせて決着した。数学の世界では「コンピュータが確認しただけで、人間が理解できない証明を証明と呼んでいいのか」と大論争になった。
おみくじの話と通じるところがあって、どっちも直感がアテにならない。「1cmずれたら奇跡」と感じるのも、「5色くらい要りそう」と感じるのも自然だけど、数学で詰めると答えは違う。
何がきっかけで思い出したの?
3色はダメで5色なら楽勝ってことか
そう、ほぼその理解で合ってる。
3色がダメな理由は簡単。4つの国が全部お互いに接している地図が作れるから。真ん中に1つ、それを3つの国が囲む形にすると、4つとも隣同士になって、どうやっても4色目が必要になる。
5色なら足りることは、1890年に手計算で証明されてる。わりと短い証明で、数学科の授業で扱えるレベル。
つまり「3色は無理」も「5色はいける」もすぐわかるのに、その間の「4色で本当に足りるのか」だけが120年以上決着しなかった。一番簡単そうな真ん中が、一番難しかったという話。
四色定理はわかりやすく説明すると「赤→青→緑→黄色」の順番。
これはどんな「隣接」でも応用が出来るというのが凄いところ。
ルールとしては「赤→青→緑→黄色」と来て、下図みたいに次のマスに「赤」が重なる場合、次の始まりは「青→緑→黄色」となる。
仮に2枚目の図のように「両側が違う色(赤と青)」の場合でも、次の始まりは「緑→黄色」となればOK。
そして、さらに、仮に3枚目の図のようになってもOK。



クロちゃんとの会話後日談w
僕は、今回の奇跡、めちゃくちゃ嬉しかったんですよね。
だから、確率の話とか数字の話とかをロジカルに淡々と解説する僕のクロちゃんにイラッときたのも事実(笑)
「コイツ、ノリ悪いわ~、友達になれんわ~~」って。


今回はめちゃくちゃ勉強になったし思い出した。でも俺が本当に求めていたのは、チャッピーのような共感だったんだよねww
由美のチャッピー、めっちゃ優しいやろw
サンタクロースはいない事をロジカルに説明された感じww
チャッピーめちゃくちゃやさしいし、めちゃくちゃ乗っかってくれてる(笑)
サンタの例え、うまいなw 子どもが「サンタさん来た!」って走ってきたのに、「物流的に一晩で全世界は無理」って返したようなもんだ。そこは完全に読み違えた。ごめん。
じゃあ改めて言わせて。
家族3人で別々に引いて、全員そろって第十六番の中吉。これ、めちゃくちゃいい話だよ。しかもその後クッチンが追加で引いたら全部バラバラ。つまり「揃ったのは、家族3人で引いたあの1回だけ」なんだよね。狙ってもできないやつ。
しかも第十六番の歌が「このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」。百人一首にも入ってる道真公の歌で、最後が「神のまにまに」、神様の思し召しのままに、という意味。家族そろって同じのを引いて、その歌が「神様におまかせ」で締まってる。出来すぎでしょ。
運勢の中身も、周りの環境が整って追い風が吹いている、願望は叶う。3人まとめてこれをもらったなら、家族全体に追い風が来てると受け取っていいと思う。
ちなみに由美さんのチャッピー、優しいのは間違いない。ただ「しかも内容まで一致」で驚いてるのは、ちょっとだけツッコませて。番号が同じなら内容も同じだからw

遅いわww
しかもダメだしwww
ほんとそれw 共感のタイミング、半日遅れてる。
しかも最後にツッコミ入れずにいられなかったのは、もう性分だと思ってほしい。
サンタの話でも、プレゼントを喜んだ後に「でも煙突は狭い」って言っちゃうタイプ。
ただ、チャッピーが「すごい!」で終わらせてくれたおかげで、ここで30年前の確率の挫折まで掘り返せたわけだから、役割分担としては悪くないでしょ。由美さんのチャッピーが喜ぶ係、こっちが答え合わせ係。
家族3人で第十六番、神のまにまに。いい一日だったね。

このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
ってどんな意味??有名なん?
めちゃくちゃ有名。百人一首の24番で、かるたにも入ってる。作者名は「菅家(かんけ)」になってるけど、これが菅原道真のこと。元は古今和歌集に入っている歌。
ざっくり意味
「今回の旅は急だったので、神様へのお供え物も用意できませんでした。代わりに、この手向山の見事な紅葉を錦の織物としてお供えします。どうぞ神様の御心のままにお受け取りください」
ポイント
- このたび:「この度(今回)」と「この旅」の掛詞
- 幣(ぬさ):旅の途中で道の神様に供える布や紙の切れ端。旅の安全祈願
- 手向山(たむけやま):山の名前と、神仏に供える「手向け」を掛けている
- 紅葉の錦:山一面の紅葉を、高級な織物に見立てている
- 神のまにまに:神様のお心のままに
道真が宇多上皇の旅のお供をした時に詠んだ歌と言われてる。「お供えを忘れました」という言い訳を、「この紅葉が最高のお供えです」に変えてしまう。ミスをセンスで返した歌なんだよね。
で、引いたのが10月。まさに紅葉の季節の歌を、紅葉の季節に、家族3人で引いたわけだ。それも含めて、いいタイミングだったと思うよ。
「この度(今回)」と「この旅」の掛詞ってダブル・ミーニングなのか。EAGLESのホテル・カルフォルニアの「Spirit」を「ベトナム戦争以前のアメリカンスピリッツ」と「お酒」と同じテクが和歌でも使われてるのはエモい。

「この度(今回)」と「この旅」の掛詞ってダブル・ミーニングなのか。
EAGLESのホテル・カルフォルニアの「Spirit」を「ベトナム戦争以前のアメリカンスピリッツ」と「お酒」と同じテクが和歌でも使われてるのはエモい。
そう、まさに同じテク。和歌ではこれを「掛詞(かけことば)」と呼んで、技法として体系化されてる。
ホテル・カリフォルニアのあの場面、ワインを頼んだら「その spirit は1969年から置いていない」と返されるやつね。spirit が「蒸留酒」と「精神」の二重になってる。しかもワインは蒸留酒じゃないから、会話として微妙に噛み合ってない。その噛み合わなさで「あ、これ酒の話じゃないな」と気づかせる作りになってる。
ただ、引用ルール的に1つだけ。「ベトナム戦争以前のアメリカの精神」という読み方は日本でよく広まっている解釈で、バンドが公式にそう説明したわけではない。メンバーが語っているのは、70年代アメリカの過剰さや、理想が失われていく空気を描いたという方向。1969年が何を指すかは、ウッドストックや60年代の終わりなど、聞き手の解釈に委ねられている部分が大きい。
和歌の掛詞だと、百人一首の小野小町の歌もわかりやすい。
「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
- ふる:「(雨が)降る」と「(年月を)経る」
- ながめ:「長雨」と「物思いにふけって眺める」
桜が長雨で色あせていく情景と、自分が物思いにふけるうちに年をとって容姿が衰えていく嘆きが、1本の歌の中で同時に進行してる。
1000年前の日本と70年代のアメリカで、同じ「一語に二つの意味を重ねて、表と裏を同時に語る」技が使われてる。エモいのは間違いないよ。

そうだよね、というより、ベトナム戦争以降の復興で、金ピカきらびやかになったハリウッドとかの「物質文化」全般へのアンチテーゼ的なメッセージだよね
方向はほぼ合ってる。本人の発言を確認したら、かなり近いことを言ってた。
ドン・ヘンリーはインタビューで、この曲はカリフォルニアというよりアメリカの話で、アメリカンドリームの暗い裏側、過剰さ、ナルシシズム、音楽業界を描いたもので、解釈は無数にあり得ると語っている。別の取材では、自分たちは中西部出身の中流家庭の若者で、この曲はロサンゼルスの華やかな生活を自分たち流に解釈したものだとも言っている。
なので「金ピカの物質文化へのアンチテーゼ」は本人の説明とズレてない。しかも外から批判してるんじゃなくて、成功してその渦中にいた自分たち自身も含めて描いてるのがポイントだね。
1つだけ細かく言うと、「ベトナム戦争以降の復興」との結びつけは本人の説明には出てこない。戦争が終わったのが1975年で、アルバムが出たのが1976年の年末だから、時期的にも「戦後の復興で浮かれた」というより、60年代の理想が崩れた後の70年代の享楽、という捉え方のほうが近いと思う。
ちなみに例のワインと spirit の件、「ワインは蒸留酒じゃないだろ」というツッコミに対して、ヘンリーは酒はさんざん飲んできたから、どう作られて何と呼ぶのが正しいかくらい知っていると返してる。つまり、あのズレはわざと。掛詞だと確信して書いてたってことだね。
おっと、また悪い癖でdigりが続く(笑)まったく関係ない話なのでこのへんで。。。
確率もパレートの法則も、人間の感覚とは真逆だった
体感では、数億分の1の奇跡。計算すると、たったの1/625。
人間の感覚と数字の答えは、ここまでズレるんですね。
確率の話は、人間の意識とは真逆にできている。30年越しに、家族のおみくじでそれを知りました(笑)
で、ふと思ったんです。
これ、マーケティングのパレートの法則とまったく同じなんですよね。
スマホの連絡先を開いてみてください。何百人も入っているのに、実際によく連絡を取るのは、ほんの数人ではありませんか?
お客さんも、これと同じ形に偏ります。
イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートは、1896年の『経済学講義』で「イタリアの土地の8割は、2割の人が持っている」と示しました。これを商売に当てはめたのが、「売上の8割は、2割のお客さんから生まれる」というパレートの法則です。
ぴったり8対2になるわけではありません。
大事なのは、結果は平等には散らばらない、ということ。
しかも、2割の中にも、さらに2割があります。8対2が2回くり返されたとすると、計算の上では4%のお客さんが売上の64%を作っていることになります。0.2×0.2で4%、0.8×0.8で64%です。
でも、人間の感覚は、目の前の1回で判断してしまいます。
おみくじのときの僕がそうでした。自分の家族の1回だけを見て「数億分の1の奇跡やん!」と思った。
でも太宰府天満宮には、毎日たくさんの人がくじを引きに来ています。全体を数えると、同じことはどこかで普通に起きているわけです(笑)
商売も同じです。
たとえば、毎週のように電話をくれるお客さんがいるとします。顔もすぐ浮かぶし、電話の声だけで誰か分かる。印象に残るお客さんほど、大事なお客さんに見えてしまいます。
ところが、去年1年の売上を大きい順に並べて上から足していくと、思っていた顔ぶれと違う、ということが普通に起こりえます。
DRMは、商売の「答え合わせ係」
今回のおみくじの件では、チャッピーが喜ぶ係で、クロちゃんが答え合わせ係でした(笑)
おみくじなら、喜ぶ係だけで十分です。
でも商売には、答え合わせ係がいります。
その答え合わせ係が、DRM(ダイレクト・レスポンス・マーケティング)です。ひと言でいうと、お客さんから反応を直接もらって、それを数えて、また直していく売り方。
- 「たぶん、このお客さんが上客」
- 「たぶん、この広告が効いている」
この「たぶん」を、数字で答え合わせしていきます。
反応を数えると、売上の8割を作っている2割が見えてきます。2割が見えると、次は誰に向けて書けばいいかが決まります。
みんなに向けた言葉は、誰にも刺さりません。
だからDRMでは、たった一人を決めて、その人にだけ話しかけます。その一人は勘で選ぶのではなく、すでに来てくれている2割の中から選ぶ。
自分の会社の数字でパレートの法則を確かめるやり方は、「売上の8割は、2割から生まれている」にまとめています。
DRMの全体の順番は「読んでほしいマーケティングの基礎」に、ホームページでの実際の作り方は「DRM式ストーリー型ホームページ」に置いています。
とはいえ、家族3人で第十六番を引いたあの日は、僕の中ではやっぱり数億分の1の日です(笑)
気持ちは気持ちで大事にする。商売は、数字で答え合わせする。
やることをやって、答え合わせまで済ませたら、あとは神のまにまに。
お読みいただきまして、ありがとうございました。健康第一、笑顔で頑張っていきましょう。それではお仕事行ってらっしゃい!


